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賠償金ビジネスへの食い込みを図る東日貿易という商社が、自民党副総裁の大野伴睦、河野一郎、政商の児玉誉士夫をバックにして、スカルノに新たな美女をあてがい、木下商産とスカルノの関係に割って入ってきたのだった。その美女というのが、根本七保子であった。
ショックを受けた咲子の心は乱れた。
1959年10月、彼女は、遺書を残し、バスルームで手首を切り、自殺を遂げた。
日本の家族には、病死として報告された。スカルノの配慮により、未取得であったインドネシア国籍を彼女に与え、その遺体は丁重に葬られた。が、しかし、今はその墓もなく、彼女がバスキ夫人であったことを示すものは何もない。
そして悲しき、オ○ンコ外交ビジネス。。。 - 風の「夢から覚めた夢」 - Yahoo!ブログ
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